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株式会社フジエテキスタイル 仙台営業所 宮崎 卓美

「旅をしたことがない」Sは言う。

会員コラム 文 : 株式会社フジエテキスタイル 仙台営業所 宮崎 卓美 2011年9月

「旅をしたことがない」Sは言う。
「今まで旅なんてしたことがないよ」とSは続ける。
「小さころから親が商売していて日曜日もなにかと働いていたから旅行なんか連れていってもらったことなんてないよ。」
「だいたい遊園地だって連れて行ってもらったことないし、初めて県外に出たのは小学五年の時に親戚の叔母さんに連れられて行った『山寺』が最初だからね。家族旅行の経験なんて皆無だからね。」
《家族の話はいいよ。それじゃ修学旅行とか出張とかないの?そう言えば昔アメリカに行ったって言ってなかった?》と私は訊ねました。
「修学旅行とか出張って自分の中では『旅』って感じじゃないんだよね。それとアメリカに行ったのだって英語塾の修学旅行みたいなものだったし、中学の頃のことだからただただ先生の後ろをついて行った記憶しか無いし。」
《それじゃSのいう『旅』ってどんなの》
「それはやっぱり観光じゃないの。風光明媚な名勝地に行ったり名所旧跡を巡ったり、その土地々々の名物珍味を賞味して歩くとか。あくまで観光そのものが目的じゃなくちゃ『旅』とは言えないよ。部活の遠征とかは会場に行って後は真っ直ぐ帰るだけだったし、出張した夜に居酒屋でその土地の名物を食べてもそれはやっぱり出張であって『旅』ではないよね。」
《『旅』の話はどうするのさ》
「仕方ないからこれから何処か旅に行くしかないよ。」
《今から何処に行くのさ。何処か行きたい所なんてあるの?》
「そうだね、四国の八十八か所巡りなんか良いね。あとは北陸の方とか。どうせなら今まで行ったことがなくてこれからも二度と行かないような所に行ってみたいね。」
《八十八か所巡りなんかしていたら帰って来られないよ。もう締切りまで時間がないよ。北陸だって一泊二日というわけには行かないだろうし。》
「だったら下北半島あたりはどうかな。多分仕事では先ず行かないし、生きている内はもう行くことが無いんじゃないかな。下北だったら一泊二日で行けるよ」
《まあSの気の済むようにすればいいよ》


 

 

「下北だったら先ず恐山かな。母親が一度行ってみたいって昔言っていたような気がするなぁ」
《恐山に行ったら口寄せでもしてもらったら》
「まだ母親父親とも健在だからしてもらわなくても大丈夫。」
《あぁそうだよね。「昔母親が、、、」なんて言うから勘違いしてしまうよ。
そうだ、尻屋崎に行ってカンダチメでも見てきたら。》
「寒立馬って野生馬だっけ?」
《いや。岬の先端で放牧されているっていうから野生馬ではないよ。》
「あぁそうなんだ。」

《ところで下北に行ったら大間のマグロは食べないの》
「もちろんマグロも食べに行くつもりだよ。それとホタテかな。どこ店がおいしいか調べておいてよ。」
《そんなの自分で調べたら良いさ。るるぶかなんかに載っているよ》
「前もって調べて行くのも良いけど、行き会ったりばったりで入った店が美味かったりするなんてのも『旅』の醍醐味だよね。」
《『旅』の醍醐味ね。なんか小さい醍醐味だね》
「他に下北の観光地って無いの?詳しそうじゃない?」
《生まれも育ちも仙台だし、こっちも下北なんて行ったことないよ。ネットで調べたらどこか出てくるんじゃないの》
Sはさっそくネットで調べ始める。
「そうだね、、、東の端が尻屋崎で北の端が大間崎。西側には仏ヶ浦とか南に下って脇野沢の野猿公苑というのもあるね。結構下北も見どころが豊富なんだね。」
《野猿公苑ということは野猿がいっぱい出没するの?子猿とかわんさか出てくるのかな》
「わんさかなんて昭和の言葉だね。最近誰も使わないよ。」
《人がいろいろ心配してるんだから茶化さないでよ。
下北だったらやっぱり宿はむつ市に泊まるの?》

「今からだったらとりあえずむつかな。むつならホテル多そうだし、他のところでは今からでは取れないかもね。でも仙台から行くのだったら八戸に前泊してから下北に入った方がぐるりと一周できそうだね。2泊2日ってところかな。えーっと、むつ市内の名所ってどこかな」
《だからこっちは下北のことなんて分からないんだから》
Sは人の話も聞かずにひとり言を続ける。
「行き会ったりばったりでなんかかんかあるよ。ちょうど夏祭りの時期だから祭りとかあるかも。」
《そんなにそんなに行き会ったりばったりで祭りに出くわすかな》
「ほらほら丁度むつで「田名部まつり」ってあるよ。山車も出るようだね。」
さっそくSはネットで見つけたようである。
「あぁそうだ。せっかくだからデジカメを持って行こう。いろいろと写真を撮っておかないとコラムに入れられないね。」
あいかわらずSはひとり言を続け、戸棚からデジカメを持ち出してきた。
「ありゃ、日付がずれてるよ。この日付ってどうやって直すんだ。まっ日付はどうでも良いか。行ってきたという証拠写真さえ撮っておけばいいな」
「それからお土産は八食センターでお菓子でも良いでしょ?」
突然こちらに話が戻ってきた。《お土産買ってきてくれるんだ。》
「それじゃこれからネットでホテル予約して今週末にも行ってくるよ。」
《車で行くの?今高速道路が混んでるから気を付けてね。》
「ipodで音楽聞きながらのんびり行ってくるよ。スケジュールにも誰にも縛られない気ままな一人旅だからね。たぶんこれが最初の最後の『旅』になるね」
《そんなこと無いよ。案外これを機会に『旅好き』になるんじゃないの。じゃ行ってらっしゃい。》
そうしてSはホテルを検索するかのようにパソコンに向かうのでした。


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宮崎 卓美
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